帰国一ヶ月前にしてグローバル人材について改めて考えてみたくなった

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グローバル人材。

 

分かるようで未だに分からない言葉。

 

そもそも「グローバルになる」って何なんだろう?

 

少なくとも、アメリカに長く滞在することがグローバルじゃないことは

自分の中ではっきりしている。

 

アメリカ=多様性っていうのはみんな知ってる、みんなそう思ってる。

 

アメリカは多様な人種が混ざっているから違いを受け入れる精神が自然に身に付くのだ!

って当たり前のような感じだけど、本当はどうなんだろう。

 

 

確かにアメリカに一歩足を踏み入れた瞬間、

いろんな色の人がいて、いろんな言語が飛び交って、

いかにも「多様性」って感じがする

 

見た目が。

 

でも「違いを受け入れる」っていうのは価値観の違いを受け入れることであって、

見た目や言語の違いを受け入れることが全てじゃない。

 

アメリカで生まれ育った、もしくは小さい頃にアメリカに移り住んできたっていう

様々な人種の人がいたとして、この人たちはみんな見た目は違うけど価値観は似てる。

だからそういう人たちに囲まれた環境で育ったからといって、

「違いを受け入れる」マインドは身に付かない。身に付くのは見た目が違う人に物怖

じしないってことくらい。

 

 

つまり、メルティングポットだと言われるアメリカだけど、メルトしちゃってる時点

で価値観や習慣はほぼ同化してるわけだから、そこに「違い」はあまりない。

アメリカ国内だけで長く過ごしてる人は、グローバルじゃない。アメリカローカルなだけ。

日本人からしたら、世界規模=アメリカ視点ってイメージが何となくあるから、

アメリカローカルのことをグローバルだと勘違いしちゃう。

 

 

本当に「違い」を受け入れるマインドを身につけてる人っていうのは、

自分から違う環境にどんどん飛び込んできた人だろう。

 

異なる環境に飛び込むことで、人種や言語は仮に同じだとしても「違う」人に

出会う。かかわる。理解しようとする。

広い規模でものを考えられるようになる(これを世界規模にまで広げて考えられるのがいわゆるグローバル人材だと思ってる)

 

だからアメリカで過ごしたかどうかってのは、その人がグローバルがどうかにはあま

り関係ない。

どれだけ違う環境に飛び込んできたか。

違う環境でやっていこうと努力したかどうか。その方が大事。

 

 

日本で過ごしてようがアメリカで過ごしてようが、違う環境にある価値観を受け入れ

られない人は受け入れられない。

 

むしろ自分が世界の中心だと思ってない分、日本人の方がグローバルになるポテンシ

ャルはあるような気がする。

 

 

でも英語はやらないと。アメリカ語だからじゃなくて、世界規模でものを考えて

行動するなら英語がある程度は必要だから。

 

 

みなさんはグローバル人材って何だと思いますか?

違う意見があればコメント欄にもらえるとうれしいです。

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